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「地図とコンパスを購入したけれど、バックパックにしまいっぱなし」
登山に地図とコンパスは必要だと言われて用意はしたものの「使い方が分からない!」という人は多いことでしょう。整備された登山道では、道標をたどれば目的地に到着できることも、地図読みを遠ざける原因のひとつかもしれません。
しかし、山岳遭難の発生原因のうち約4割を占めるのが”道迷い”です。さらに、道迷いは意外にも高山ではなく身近な低山でこそ発生しやすいのです。
ここでは、登山を安全に楽しむために、登山地図とコンパスの基本の使い方をご紹介しましょう。
山岳遭難の原因トップは”道迷い遭難”
警察庁の「平成30年における山岳遭難の概況」によると、山岳遭難の原因別累計では、道迷いが37.9%と依然として最も高い割合を占めました。
ちなみに、2位は滑落の17.4%、3位は転倒の15.0%で、道迷い遭難の占める割合がいかに高いかが分かります。
しかも、遭難者を年齢別にみると50代〜70代の中高年が半数以上を占めますが、道迷い遭難に限れば、20代〜30代の発生率が高いというデータも存在します。
スマートフォンが普及し、ハイキング向けGPSマップの発展により、ナビゲーションは以前と比べて容易になったのにもかかわらずです。
そして意外かもしれませんが、道迷い遭難は高く険しい山より、身近な低山にこそ危険が潜んでいます。高山は登山道が限られているのに対し、低山には登山道以外の道、電力会社の巡視路、林業の作業道、けもの道などが縦横に走っているからです。それだけ迷うポイントが多い。
道迷い遭難を未然に防ぐためには、基本的な地図とコンパスの使い方を覚えることや、スマートフォン・GPS機器の使いこなしが欠かせません。
※参考資料
- 平成30年における山岳遭難の概況
- 山岳読図ナヴィゲーション大全 村越真 著
スマートフォンのハイキング向けGPSマップだけではダメなのか?
「スマートフォンのGPSマップがあるから、登山地図は必要ないんじゃないか?」
そう考える人も多いかもしれません。結論から言えば、GPS機器は万能ではなくデメリットも存在するため、スマートフォンやGPS機器、紙地図をお互いに補完しながら使うことが大切です。
ハイキング向けGPSマップのメリットとデメリット
GPSマップの最大のメリットは、現在地を地図上に表示できることです。これは紙地図では不可能です。
しかも複雑な操作は必要なく、グーグルマップに代表される他の地図アプリと同じ感覚で使えます。料金もアプリによっては無料、有料アプリでも1200円程度で利用でき、これを使わない手はありません。
ではGPSマップがあれば安心かと言えば、実はそうではないのです。
まず、GPSマップが教えてくれるのは現在地のみです。その先どう行動すべきかは、地図を読み、人間が判断しなければなりません。
もしGPSが示す現在地に誤りがあったらどうでしょう? 谷筋などのGPSの電波を受信しにくい場所では、誤差の発生や、電波を受信できない状況が起こりえます。
地図を読める人は、周囲の地形からGPSの誤りや現在地を把握できるでしょう。そこから目的地にどう進むべきか、判断もできるはずです。結局、GPSマップを使いこなすには、読図の技術が必要なのです。
そして、GPSマップは電子機器ですから、保護ケースやモバイルバッテリーを用意しても、故障や充電切れの可能性を100%ぬぐいきれません。機器の故障により、現在地も目的地も分からなくなることは危険です。GPSマップをメインに使うにしても、バックアップに紙地図を用意しておきましょう。
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GPSマップは紙地図では不可能な現在地を教えてくれます。読図の熟練者でも、GPSマップにより道迷いから回復できることは、大きな安心につながるでしょう。
しかし、GPSマップを使いこなすには、読図の技術が不可欠です。GPSマップ、紙地図、お互いのメリットを活かし、補完しながら使うことがベストです。
登山地図の定番「山と高原地図」を使ってみよう
登山で使う地図には、大きくわけて出版社から刊行される「登山地図」と、国土地理院から刊行される「地形図」の2つがあります。読図に慣れたら登山地図と地形図を適宜使い分けるのが望ましいですが、まずは昭文社から刊行される「山と高原地図」を使ってみましょう。
カラフルで見やすい地図に、コースタイムや豊富な登山情報が記載され、初心者にも使いやすいことが特徴です。
昭文社の山と高原地図
株式会社昭文社は、東京都千代田区麹町に本社を置く地図出版社です。1964年に設立されました。ここで紹介する「山と高原地図」や「まっぷる」「ことりっぷ」など、地図・ガイドブックのトップブランドとして知られています。
山と高原地図は50年以上のロングセラー商品であり、全国約1500の山々を紹介している登山の定番地図です。掲載する情報は毎年実踏調査されており、新鮮かつ豊富な登山情報が魅力の地図です。
縮尺
縮尺とは、地上の状態を地図に表す場合、実際の地上と比べて長さが縮小されている割合のことです。
山と高原地図の縮尺は、その多くが1:50000で、地図上の1cmは実際の500mに相当します。登山でよく使われる1:25000の地形図と比べて縮尺が小さく、山域全体を俯瞰(ふかん)できるのが特徴です。
また、山域によっては1:25000や1:10000の詳細地図が記載されている場合もあります。
登山ルートとコースタイム
山と高原地図の中で、最も多用するのが「登山ルート」と「コースタイム」の情報です。
登山ルートには2種類あり、赤色の実線は一般登山道、赤色の破線(点線)は一般登山道ではない”難路”を表します。そして、それぞれの登山ルート情報には、あわせてコースタイムが記されています。
ちなみに、コースタイムは以下の条件をもとに定められています。
- 40〜60歳の登山経験者
- 2〜5名のグループ
- 山小屋利用前提の装備
- 夏山の晴天時
まずは、山と高原地図の中から自分の力量にあった登山ルートを選択し、コースタイムを確認しながら山行計画を立ててみましょう。
注意点として、コースタイムはあくまで参考タイムですから、個人やグループの能力、気象条件などにより前後します。初心者の場合は、コースタイムより、さらにゆとりのある計画を立てましょう。
豊富な登山情報
登山ルート情報に加え、登山者に必要な情報が豊富に記載されています。代表的な情報は下記の通りです。
- 危険箇所
- トイレ
- 水場
- 商店
- 小屋情報
山と高原地図には、地図以外にも小冊子が付属します。小冊子には山域の気象や植生の情報、交通、歴史などが記され、目的の山について深く知ることができます。これらの情報は登山計画に大いに役立つことでしょう。
悪天候でも安心の紙へのこだわり
山と高原地図は紙にもこだわり、水にぬれても破れにくい「耐水性紙」を使用しています。また、インクの脱落防止に「ニス引き加工」も施してあります。このため、マップケースがなくても悪天候時に安心して使えるのです。
山と高原地図はこんな場面には向かない
一見すると万能に思える山と高原地図ですが、より詳細な地図読みには適しません。
まず、山と高原地図は縮尺が1:50000と大きく、地図に全ての道が記載されているとは限りません。また、読図の熟練者は実際の地形と地図の等高線を読み取って現在地を把握しますが、大きな縮尺では詳細な地形を読み取れません。
登山中に地図にない道が現れることもあり、縮尺の大きな山と高原地図は、フィールドでのナビゲーションには最適とは言えないのです。
地図読みに慣れたら、計画には山と高原地図を使い、フィールドではより詳細な地形図を使うなど、場面に応じて使い分けるとよいでしょう。
地図読みの基本、登山地図とコンパスを使って整置をしよう
登山地図の概要をつかんだら、コンパスと組み合わせて実際にフィールドで使ってみましょう。
地図とコンパスの使い方の基本は整置(正置:せいち)です。登山用コンパスには、プレートや回転リングを使ったさまざまなテクニックが存在しますが、まずは整置を覚えましょう。整置を覚えれば、登山中のナビゲーションのほとんどの場面に対応できます。
整置の手順は以下の通りです。
- 地図の北(正確には磁北)とコンパスの北を並行に合わせる
たったこれだけで整置ができます。整置をすると目の前の風景と地図の方向が一致します。カーナビの地図が常に進行方向が上になるのと同じで、登山中も地図を読む時は整置をして、常に地図の上が進行方向になるように使います。
よく「自分は地図が読めないから、地図をぐるぐる回転させてしまいます」といった話を聞きますが、それでいいのです。
登山口で整置をして現在地と進行方向を確認する。目的地までの道中では分岐ごとに地図を見て整置し、山頂から下山時にも整置をして方向を確認する。これだけで、道迷いのリスクは大きく軽減できるでしょう。
登山地図と一緒に使いたいコンパス&書籍
最後に、地図と一緒に使いたいコンパスと書籍をご紹介します。はじめは地図読みが難しい技術のように思えますが、一度コツがつかめれば誰にでもできます。
地図が読めるようになれば、誰かに連れて行ってもらう登山者ではなく、自立した登山者になれます。
地図とコンパスを用意して、地図読みに挑戦してみてください。
山と高原地図
SILVA(シルバ)コンパス
筆者が愛用しているシルバコンパスです。登山コンパスは「シルバ」と「SUUNT:スント」が定番ですが、シルバコンパスはプレートに進行線があり、その方が使いやすいためシルバを愛用しています。
参考書籍
筆者が日本オリエンテーリング協会のナヴィゲーション検定を取得するにあたり、参考書として選んだのが上記2冊です。この2冊を読めば、読図に必要な知識がもれなく手に入ります。ぜひ参考にしてください。